ピッチャーのルールと聞くと、多くの人は「ボーク」を思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、ボークに限らず、ピッチャーに関連したルールは数多く存在します。
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なかでも「ピッチャー(投手)交代」に関するルールに、複雑さや難しさを感じている方は多いかもしれません。特にピッチャーの守備位置変更については、連盟による特別規則などもあり、適用の範囲が異なります。
また、MLBでは、2020年シーズンから「ワンポイントリリーフ」に関連したルール変更が行われることも決まっています。それに対して、日本の野球はどのような影響を受けるのか気になっている方も多いかもしれません。
こちらでは、ピッチャー交代のルールを中心に、押さえておきたい事項を分かりやすく解説していきます。
ピッチャー交代に関するルール1:守備位置の変更
ピッチャー交代の方法
野球の試合では、イニング中やイニング間に、プレーヤーの交代が行われることも多いですよね。「投手リレー」「ワンポイントリリーフ」といった言葉があるように、1試合あるいは1イニングのなかで、ピッチャーの交代が複数回にわたって行われることもあります。
また、ピッチャーと同時に野手の交代も行う「ダブルスイッチ」を知っている方も多いかもしれません。
これは、打順を入れ替えるために行われるもので、プロ野球(セ・リーグ、セ・リーグ主催試合)やメジャーリーグ(ナ・リーグ)など、DH制を採用していない試合でよく目にすることがあるシーンでもあります。
さらに、選抜高等学校野球大会(春の高校野球)や全国高校野球選手権(夏の高校野球)でもよく見られる交代方法として、以下のようなものがあります。
<パターン1>
先発ピッチャーが、控えのピッチャーと交代→先発ピッチャーはベンチに下がらず、いずれかの野手と交代し、守備位置に残る。
例:控えの選手がピッチャーへ、ピッチャーがライトのポジションへ、ライトを守っていた選手は退くなど。
<パターン2>
先発ピッチャーが、すでに先発している野手とポジションを交代。
例1:ピッチャーとショートがポジション入れ替え。
例2:ピッチャーがセンター、センターがライト、ライトがピッチャーなど。
高校野球に限らず、学童野球や少年野球でもよく見られる光景かもしれませんね。
では、なぜこうした方法がとられるのでしょうか。それは、野球規則のなかに、「一度試合から退いてしまうと、その試合に再度出場することはできない」という規定があるからなんです。
つまり、いったんベンチに退く→またどこかのポジションにつくことはNGであるということ。
言い換えれば、ピッチャーを交代したものの、交代されたピッチャーをいずれかのポジションに残しておくことで、再びピッチャーとして登板させることができるということなんです。
かつてのプロ野球でも、野村克也監督率いる阪神タイガースが「遠山・葛西スペシャル」と呼ばれる継投を行っていたことがありました。
これは、遠山投手(左)と葛西投手(右)の2人が、ピッチャーまたはファーストの守備にそれぞれつき、相手打者に合わせて「右vs右」「左vs左」となるように交代を行うというもの。打者の左右によって変わるため、1イニングに複数回ピッチャーの交代が行われました。
では、ベンチに退かない限り、何度でもピッチャーと野手を交代してもいいのでしょうか。
結論から言うと、同一イニング内においては、“交代が認められる範囲や条件”が決められています。
ここからは、実際にあった事例も交えながら、ピッチャー交代(ピッチャーの守備位置変更)について、ルールを整理していきたいと思います。
ピッチャーの守備位置変更に関する規則
野球規則では、同一イニングにおけるピッチャーの守備位置変更について、以下のように定められています。
野球規則の記述をもとに、ここでは、【OK】と【NG】に分けて、要点を整理していきます。
【OK】同一イニングで、ピッチャーがほかの守備位置につく。
ピッチャーが別の守備位置に移ること(例:「ピッチャー」→「ショート」、「ピッチャー」→「レフト」など)は問題ありません。しかし、ここからさらに守備位置を変更する場合には、NGパターンが出てくるので注意が必要となります。
【OK】同一イニングで、一度ほかの守備位置についたものの、再びピッチャーとして登板する。
【NG】同一イニングで、再びピッチャーに戻った後、ピッチャー以外の守備位置に移る。
例えば、「ピッチャー」→「ショート」と守備位置を変更した後に、再び「ピッチャー」に戻ることは問題ありません。ただし、「ピッチャー」→「ショート」→「ピッチャー」→「サード」といったように、再度ピッチャーに戻った後、そこからさらにピッチャー以外の守備位置に移ることはできません。
〇「ピッチャー」→「野手」→「ピッチャー」
×「ピッチャー」→「野手」→「ピッチャー」→「野手」
また、同一イニングにおいて、ピッチャー以外の守備位置についた後は、「ピッチャーに戻る」という選択肢(あるいはベンチに下がる)しかありません。
【NG】同一イニングで、一度ほかの守備位置につき、さらに“ピッチャー以外のほかの守備位置”に移る。
×「ピッチャー」→「野手」→「野手」
つまり、同一イニングにおいて「ピッチャー」→「野手」→「ピッチャー」という守備位置変更はOKなものの、「ピッチャー」→「野手」→「野手」という変更は認められていないという解釈になります。
もう少し分かりやすく説明すると、「ピッチャーが、ピッチャー以外の守備位置に変われるのは、同一イニングで1回だけ(2回以上は禁止)」ということです。
ピッチャーの守備位置変更に関する規則適用ミス
ここで、2017年春の選抜高等学校野球大会、1回戦「日大三(東京)」と「履正社(大阪)」の試合で起きた、ピッチャー交代の規則適用ミスについて取り上げていきたいと思います。
この試合の9回表、先発ピッチャーが先頭打者にフォアボールを出した後に、日大三高がピッチャーの交代を行っています。
- 先発ピッチャーAに代わり、控えの2番手ピッチャーBが登板
- 先発ピッチャーAがセンターのポジションにつき、センターを守っていた選手Cが退く
ピッチャーBとなってから2アウトまでこぎつけたものの、そこで得点を許してしまい、再度守備位置の変更が行われます。
- 2番手ピッチャーBがセンターへ
- センターを守っていた先発ピッチャーAが再びピッチャーへ
しかし、先発ピッチャーAが3連打を許してしまい、再び守備位置の変更が行われます。
- 先発ピッチャーAが再びセンターへ
- センターを守っていた2番手ピッチャーBが再びピッチャーへ
この交代も認められ、試合はそのまま進められる形となりました。先発ピッチャーは、以下のような守備位置の変更が行われたことになります。
「ピッチャー」→「センター」→「ピッチャー」→「センター」
先ほどご紹介したように、ピッチャーに戻った後、そこからさらにピッチャー以外の守備位置に移ることはできません。
つまり、「ピッチャー」→「センター」→「ピッチャー」と変更した後は、イニングが終わるまでそのままピッチャーとして出場し続けるか、ベンチに退くしかないということです。
ただし、このケースでは交代が認められてしまい、プレー再開。試合を担当していた審判委員も気づかず、相手チームからのアピールもなかったため、規則とは異なる裁定のまま進められる形となりました。
ピッチャーの守備位置変更に関する特別規則
ピッチャーの守備位置変更について、さらに気をつけなければいけないのが、連盟によって「この規則は適用しません」というケースがあること。
例えば、高校野球には『高校野球特別規則』と呼ばれるものがあります。このなかでは、先ほどNGとしてご紹介した「同一イニングで、一度ほかの守備位置につき、さらに“ピッチャー以外のほかの守備位置”に移ること」が認められているんです。
高校野球特別規則では、野球規則5.10 (d)「原注」前段の“前半”部分は適用しないという規定があります。つまり、野球規則では認められていない以下の交代が、高校野球ではOKということになるんです。
〇「ピッチャー」→「野手」→「野手」
〇「ピッチャー」→「野手」→「野手」→「ピッチャー」
ただし、野球規則5.10 (d)「原注」前段の“後半”部分は、野球規則通りの適用がなされますので、以下のような交代はできません。
×「ピッチャー」→「野手」→「野手」→「ピッチャー」→「野手」
また、全日本軟式野球連盟の「競技に関する連盟特別規則」では、野球規則5.10 (d)「原注」前段の前半・後半いずれも適用しないという規定がなされています。
つまり、軟式野球においては、以下のような交代が認められるということになります。
〇「ピッチャー」→「野手」→「ピッチャー」→「野手」
野球規則のほかに、それよりも優先される特別規則があるケースがあることを押さえておきましょう。
ただ、一つ忘れてはならないのは、あくまで「同一イニング」における規則であるということ。イニングが異なっていれば、当然ですが「ピッチャー」→「野手」→「ピッチャー」→「野手」といった往復は可能です。
ピッチャー交代に関するルール2:ピッチャーの義務
先発・リリーフピッチャーの義務
現在の野球規則では、先発ピッチャー・リリーフピッチャーの義務について、以下のように定められています。
<先発ピッチャーの投球における義務>
第1バッターか、その代わり(代打)のバッターが(1)アウトになる(2)一塁に到達するまで投げる。
<リリーフピッチャーの投球における義務>
そのときのバッターか、その代わり(代打)のバッターが、(1)アウトになる、(2)一塁に到達するまで投げる。
上記(1)(2)いずれかになるまで、ピッチャーは投球しなければなりません。ここまでにご説明したように、同一イニングで「ピッチャー」→「野手」→「ピッチャー」と守備位置を変更することは可能です。
ただし、第1バッターまたは登板時のバッターをアウトにする、あるいはヒットやフォアボールなどで一塁に到達させてしまうまでは、交代できません。(ただし、そのピッチャーが負傷・病気などによって投げられなくなったと球審が認めた場合は、交代することが可能です)
つまり、
A:先発登板し、そのバッターに対して何球か投げる
→「制球が定まっていないから、やっぱりピッチャーを変えよう」
B:リリーフ登板したものの、相手が代打を送ってきた
→「こちらもピッチャーを変えよう」
といったことはできません。Bは分かりやすく言うと、「代打の代打」は可能ですが、「リリーフのリリーフ」はできないといった説明になるでしょうか。冒頭でご紹介した「ワンポイントリリーフ」も、1人のバッターに対して複数人のピッチャーを送るようなことはできません。こちらも押さえておきましょう。
ワンポイントリリーフが禁止になる?
ただし、日本でも将来的に「ワンポイントリリーフ」ができなくなるかもしれません。
MLBでは、2020年のシーズンから「最低でもバッター3人と対戦する」または「イニングが終了まで投げる」ことを義務とするよう、ルール変更されることが決まっています(負傷・病気などの場合を除く)。
これは、申告敬遠(申告による故意四球)などと同様に、試合時間を短縮するために導入されるものです。
NPBをはじめ、日本の野球において同様のルール変更が行われるかどうかは、現段階では明らかになっていません。
しかし、例えば「二段モーション」に関する規則改正の変遷を見ても、「国際的な基準に合わせていきましょう」という動きがより活発になっていると考えられます。
以前よりも国際試合が盛んに行われるようになり、日本基準と国際基準の違いがクローズアップされる機会も少なくありません。
加えて、日本でも「スピードアップ」に関する取り組み、その具体的内容について様々な項目が示されています。
そういったことを考えても、“全ての試合において”とはいかないかもしれませんが、MLBに追随し、日本でも規則改正が行われる可能性はあると考えられます。
まとめ
今回は、「守備位置変更」を中心に、ピッチャー交代に関するルールをご紹介しました。
複雑・難しいとも言われる野球ルール。
野球規則や競技者必携を読むだけでなく、具体例を交える、あるいは実践や過去に起きた事例をもとに情報を整理することで、より理解が深まると思います。
連盟ごとに定められた特別規則もありますので、こちらも忘れずにチェックしてくださいね。